ようこそ「トミスケの館」へ。ここは、認知症の母が楽しんだ「お仕事」の写真と、家族への思いを綴ったミスケの「詩」を展示しています。

1階  散らかしは「母のお仕事」
2階  心のうた「トミスケの詩」

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1階  散らかしは「母のお仕事」

あなただったら?
もしこんな光景に遭遇しても喜びや楽しみを見つけることができるあなたなら 、心はいつでもハッピー!
認知症のご家族との生活も、不思議なほど楽しくなりそうですね。
そんな生活が、「幸せな認知症」「幸せな介護」と言われるものではないでしょうか。


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ものの見方に正解なし。
さて、あなたの答えは? 

トミスケが楽しんだ「お仕事」の写真です。母が散らかした光景に感動して喜んで写真まで撮るようになったなんて、意識が変わるって、本当に凄いですね。
一番最初に撮ったのがNo.1の「トイレにねぎ」ですが、その後は順不動です。母が部屋中を荒らして困っていた散らかしは、実は母のお仕事」だったとめでたく勘違い?(笑)した記念すべき光景です。
そんな散らかしに嬉々としてカメラを向ける私の姿に母は何を思ったのか、それまで続いていた徘徊が、なんとその日から無くなりました。この事実、ホントに凄いと思いませんか?

認知症の母との生活が楽しくなったトッシーのハッピ―介護の話は、母が変わったから私がハッピーになったのではありません。まったくの逆。私が変わった後で、母が変わったんです。まずはこのことを頭に入れて「お仕事」の写真を観ていただければ幸いです。
何かに感動してシャッターを切った写真でタイトルもまったく記載していないのは
、まずはご自身の答えを探していただきたいと思っているからです。
ものの見方・感じ方に正解はなく、人それぞれですからね・・・。
解説文は写真クリック!)

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No.11 ちゃんとお参り!

父も母も、ご先祖様への御供やお参りは、とても大切にしていたように思います。写真で分かる通り、既に父はあの世の人。当然、お仏壇へのお参りは母が・・・。
と言いたいところですが、正直、この頃は母ではなかったと思います。大体、火を扱うこと自体が既に危険な状態でした。よく見ると、火を付けるマッチとかライターなども見つかりません。香炉もここには映ってないようですね。
しかし、流石トミスケです。認知症になってもその習慣が抜けないのか、ちゃんとお参りしていたのかもしれません。タオルケットをきちんとたたんで、携帯電話の充電器の置き方までが几帳面なトミスケらしく、タテヨコきちっと置かれているようです。(笑)
こんなの見てると、散らかすどころ何かを思いながら片づけていたのかもしれません。
何も分かってないのは、私たちだけかもしれませんね・・・。↑目次に戻る

No.12 お片付け

これを見つけた時、とにかく笑ってしまったことを覚えています。よくもまあ、こういった面白いことを考えたもんだなあ~と、本当に関心します。
「母のお仕事」写真で紹介しているものは、母のやっていた散らかしの中でも、きれいなものがほとんど。そしてそれらは、明らかに何かの思いがあってやっていることを感じさせるものばかりです。
カッターナイフやタオルを入れたカゴが、ちょうど落ちない便座のサイズ。なんとまあ、上手く収まっている
ことでしょう。(笑)
母は、そのためにいろいろ試したのか、それとも偶然だったのか・・・。これをスクリーンに映した時、すぐに笑いが生まれるとても分かり易い、何とも楽しい「母のお仕事」ではあります。↑目次に戻る

No.13 几帳面だから・・・

台所のシンクの上にきちんと置かれた新聞紙と調理器具、そして、ペットボトル。そのどれもが、タテヨコしっかりした位置で並べられていて、母の几帳面さをここでもよく表しています。
こうした「母のお仕事」を、本人がどういった思いでやっていたのかは、残念ながら分かりません。母トミスケに聞こうとした覚えもないことから、当時の母の症状として、既にそういう会話さえできない状況であったと思われます。
とにかく、母のすること全てが面白く、毎日カメラのシャッターを切ることに夢中になっていました。
意識が変わるって、ホントに、ホントに凄いです! ↑目次に戻る

No.14 ちょっとついでに

これは、経験が無い人にはちょっと分かり難いかもしれませんね。
晩年になってオムツを使用していた母は、オムツを外したかったのか、自分で用を足した後なのか、このように手すりにきれいに掛けて出てきたようです。(笑)
こういう写真はこの1枚しかないため、いろんな「散らかし=お仕事」がある中で、あまり気に入らない「お仕事」だったかもしれません。
トイレに入ったついでに、ちょっと楽しんだような「母のお仕事」。オムツを外して、サッパリ!したかったんでしょうね~。(笑) ↑目次に戻る

 

No.15 お友だち

母トミスケは、丸いジャガイモが気に入っていたようで、いくつかあるジャガイモの「お仕事」でも、私が一番気に入っているものです。
これは、母の寝室に入ってすぐ左にあるケースの上に置かれた、ドラちゃんとジャガイモ。本来なら台所にあるジャガイモですが、いろんなところに置いて楽しんでいるようです。
こうやってどこかに置くだけならいいのですが、時には食べようとかじったりしていることもあるんです。勿論、生で・・・。(笑)
こんな楽しいことをする母の気持ちを考えると、楽しくて仕方ありません。↑目次に戻る

No.16 ひなたぼっこ

明るい日差しの中で、座布団の横に置かれた2個のジャガイモです。
良く見ると、ふたつのジャガイモが、仲良く寄り添うように並べられていることに気がつきます。まるで日向ぼっこでもしているようですね。
こんなのを見ると、母はジャガイモを持ってきて、無造作にポンッと置いただけとはとても思えません。私には、小さな子供のままごと遊びのように、仲良く会話でも楽しんでいるように映ります・・・。
心地よい日が差した明るい部屋に、ふと目に留まった光景です。↑目次に戻る

No.17 悲しきクラウン

これは何でしょう? よく見ると、丸いスポンジのようなモノが、何かでちぎられているようです。
本来ならピエロの鼻につけるレッド・ノーズですが、可愛そうに、母が食べようとしたのか、こうして皿に置かれていました。(笑)
実はコレ、私が笑いヨガを始めた当初に仕入れたもので、家の中でも母に付けたりして楽しんでいました。これを付ければ、母も思わず、笑顔?・・・。(笑)
認知症の人にも笑顔で接することが大切なことを書いたmasaのブログが、このレッド・ノーズ・デイの日にアップされています。ぜひご覧ください。ついてるついてるハッピーライフ!「ハッピー? ハッピー!」  ↑目次に戻る

No.18 衛生第一!

母は昔からキレイ好きで、何をするにもキチンとしたい性格だったようです。そんな、如何にも母らしい「お仕事」がコレ!
認知症になってからもそいうところは受け継がれていたのか、家の中を散らかすようになっても、よく見ると、今でも衛星的なことを考えていたようです。
本棚に置かれていたのは、本来なら台所にあるはずのしゃもじ。しかも、その下に置かれていたのは、衛生面を考慮してか、エアコンのリモコンが・・・。(笑)
いかにもキレイ好きなトミスケらしいい、「母のお仕事」です。
母はお仕事に忙しく、毎日を本当に楽しんでいたように思えてりません。 ↑目次に戻る

No.19 お・も・て・な・し

玄関に並べられたスリッパですが、なぜか種類も向きも揃っていません。(笑)
それでも母は、家族の役に立とうと、一生懸命〝おもてなし〟をしていることが伺えがえます。
私は、母のこれらお仕事を「面白い!」と思ってしまったのですが、母自身は、真面目に家族のことを考えて真面目に〝おもてなし〟をしているのでしょう。種類も向きもバラバラとなっているこのスリッパでも、母としては家族に喜ばれると思ってのこと・・・。
認知症になった今でも、家族のことを思う気持ちがずっと残っていることを思うと、そんな母が愛おしく思えてなりません。 ↑目次に戻る

No.20 ゴジラ? トミスケ?

この写真、すぐに分かりますでしょうか? 他の「お仕事」とはちょっと違いますが・・・。
母が部屋中でやっていた散らかしを、「母のお仕事」として感動したものは、すべて母が意識して行ったことばかり。それがこの写真では、自分でやろうと意識してやったことではないことが分かります。そう、食べる時に散らかしたお菓子の「柿の種」が、靴下にくっついてしまったんでしょうね。(笑)
こんなふうにお菓子がたくさんくっつくと、ちょっとは取り除きたいと思うのは、私たちだけ。キレイ好きだった母も、もうそんなことなどお構いなしのようです。(笑)
柿の種がなぜかゴジラの足を連想し、こんなタイトルとなりました。 ↑目次に戻る

この他の「お仕事」写真は、次回に・・・・

 

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2階  心のうた「トミスケの詩」

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この事実を知れば、見方が変わる!

ここでご紹介するのは、父が他界した直後から新聞広告の裏や封筒などに突然書き出した、トミスケの「詩」です。約3か月ほどの間に、60ほど書き残されました。
当初は俳句のようなものから始まり、その後俳句のようで俳句でもない、終わり頃にはぐっと長い詩のようなものまであったりして、正直なところ何と呼んだらいい分かりません。(笑)
どんな呼び方であれ、形式がどうであれ、そんなことよりも認知症の母がこのようなことを書いたこと自体が驚きです。「あの当時の母は、既にこんなことが書けるような認知レベルではなかった!」とは、看護師一筋の人生だったmasaの言葉。
そんな認知症の人が書いたということを頭に入れて、トミスケの「詩」を読んでいただければ幸いです。

「詩」の一部がダウンロードできます。 話せないだけで、心はこんなに豊か! トミスケの「詩」
YouTube 家族への愛を綴った「詩」です。

 

ぢいさんやぢいさんや
遠いお空のぢいさんや
我が家の風景見えるかな
見えるとも見えるとも
お前は一寸ドジダケド
とうちゃん かあちゃん
やさしくて

それをまねてか孫までも
それをまねてか
やさしくて 

老いてこその 人生なのに
なぜそんなに急ぐのか 君は

人生を 思うとをりの 夫ゆき

父親よ どこへ行くのか 妻捨てて

夫の死とは つゆしらず
胸のざわめき あわれなり

我が夫の はじめて夢みし 今宵かな

気ままで がんこで スカタラン
ぢいさん 今ごろ ドコカシラ

夫の死 二日目にして ガンと知り

過ぎにしことは 忘れなん
たずねし人の 笑い声

我が夫の なやみや今ぞ ハーレハレ

帰らぬ事とは知りながら 行って見たいな 天国へ

清雄さん 今日はどこまで生きにしか
帰らぬ夫をまちわびぬ

やさしさの 言葉の出ない 夫ゆき

これからが 我が人生の道なのに
なぜそんなに急ぐのか 君は

コオロギの ガンバレヤガンバレヤの音に 我はげまされ

よき嫁や 息子までも よくなりぬ

よろこびし 夫は 今は天国で

二度とかえらぬ人生を
なぜ そんなにいそぐのか 君は

去る君の 長き旅路よ すこやかに

すぎし日の さいげつが
老人ボケとは あわれなり

さびしさや コオロギの鳴く音にも 涙して

おいしいお料理を ほんとうにありがとう・・・なみだ
天国のぢいさんも とても喜んで居ります
ありがたいやら うれしいやらで
胸が一杯です
私もやさしい皆様にさヽえられて
今年もがんばりますから
とろしくおねがい致します

老いてこその 人生なのに
なぜそんなに急ぐのか 君は

淋しさに たえているのか 我にまつわる

しばらく おぢいちゃんの事は 言わないでね
今ごろはどこに居るでしょうね

思ひどおりの人生を
今はたのしく天国で

気ままで がんこで スカタラン
ぢいさん 今ごろ ドコカシラ

なぐさめや よめの心の 気がかよう

おぢいちゃん 呼べどこたへぬ 気がかよふ

高田の姉様え
あいたいなー あいたいなー

一日とは云わないけれど
なぜかしら
センチになり申す

ハ – – –

きかせたや
見せたや
我が家の風景

たのしさや
我が家によめの
わらい声

あすからは メソメソやめて がんばるぞー
今夜はごめんね

私の一生 どちらかな
エンマ様に聞きましょう

ユキンコや 早くわたしに 春よ来い

困るねェ ミルクトラパン つるつるだ

やさしい母ちゃん いなくても 
おいしい夕食 ありがとう
ごちそうさま

おきたれど
何をやっていいやら 手につかず
又 フトンえ もぐりこみました
御免なさい
正ちゃん つとめですか
もう少し 休んだら
がんばります

せんたくは
バーの仕事に ありぬれど
つつがなき おつとめを

老後とも思へず
食欲ありにけり

たのしさや 我が家によめの 笑い声

見せろ見せろ 顔見せろ
落とした入れ歯 取りに来い

家族づれ 夫もよろこぶ りんごがり

やさしいやさしい 家族のみなさんへ
たよりないばあですが
くれぐれも よろしくお願いします

すぎし日の さいげつが
老人ボケとは あわれなり

ボケの道
とうとう我に やってきた

おきたれば 大きな食パン すわりけり
やさしき母ちゃん ありがとう
御免ね

あたたかき こころにほとけ かんしゃして・・・・・・ 
ほんとうに ありがとう

(母ちゃん いるかと 外ながめ)

ミルクあめ 家族の心に 涙する

ハッスル母さん
たよりに してまっせ

今年も よろしくね
ババより

もう来ない
二度と会えない

彼の人に

落葉かき
お前もこれで グドッバイ
サヨナラのことばかけずに
行っちゃった

なぐさめや よめの心の 気がかよう

おぢいちゃん 呼べどこたへぬ 気がかよふ

(高田)
姉様え
あいたいなー あいたいなー
一日とは云はないけれど
なぜかしら センチになり申す
ハ・・・

      

サンキュー ベリマッチ
トミスケ

 

やさしいやさしい 家族のみなさんへ
たよりないばあですが くれぐれもよろしくお願いします

 

おきたれど 何をやっていいやら手につかず 
又 フトンえもぐりこみました
御免なさい 正ちゃん つとめですか  
もう少し 休んだら がんばります

 

夫の死 二日目にして ガンと知り

 

気ままで がんこで スカタラン
ぢいさん 今ごろ ドコカシラ


父親よ どこへ行くのか 妻捨てて

 

夫の死とは つゆしらず
胸のざわめき あわれなり

 

二人の孫の書いた番外編


おばあちゃん(タイトル?)


柿の実の

色味と共に
いやされる
 

信州の
りんごポッキー
はしみたい
     

悲しむな
祖父は行くのだ
天国に