ハッピー介護ストーリー 

1985年ごろ
母に軽度認知機能障害(MCI)が認められる。
その後、私たち夫婦が誰だか分からなくなったことに衝撃を受け、母の認知症を自覚する。(時期不詳)

1999年
父が他界。当時の母は、夫の他界への認識が不明瞭。
3か月間に亘り、思いを綴った「トミスケの詩」を書き残す。
ハッピー介護ページ 4.トミスケの「詩」

YouTube トミスケの「詩」

2004年~
夫婦共働きで家を空ける生活の中、母が1人で過ごすことに危険を感じるようになり、デイサービスのお世話になる。

2008年~
私が突然楽しくなり、それ迄とは比較にならないほど愉快な生活「トッシーのハッピー介護」が誕生する。YouTube  「散らかしは、母のお仕事」フルバージョン

2009年
介護保険で「要介護5」と認定される。

2010年
母、突然天国へ旅立つ。
同年製作したDVDの一部をカットして、2018年にYouTubeにアップした「サンキョーベリマッチ・トミスケ 母のお仕事」です。こんなことで楽しくなったことを知ってほしいと、当時ご縁のあった皆様にお配りしたことも、今では懐かしい思い出となりました。

 

目 次

ハッピー介護は、ある日突然やって来た!

2.認知症は、良くも悪くも「接し方」で変わる

3.「接し方」は、見方が変れば自然に変わる

4.誰でもできる、「見方」を変えるヒント!

5.母の願い、「ハッピー介護を社会に伝える」

6.ハッピー介護で、一番お伝えしたいこと

1.ハッピー介護は、ある日突然やって来た!

衝撃だった、認知症になった母との出会い

「あんたら、誰やな?」
玄関前で母が口にしたこの言葉に一瞬驚き、思わず顔を見合わせた私たちでした。
思えばこれが、母の異常に初めて気がついた、真顔で私たちの顔を眺めて言った母の言葉だったのです。
私たちが誰だか分からないことから始まった、認知症の母との生活。
そんな毎日が、ある日突然楽しくなった「トッシーのハッピー介護」が生れまれる、それより更に20年以上も前の、忘れられない衝撃的な出来事でした。


認知症の母に対する、見方が変わった瞬間!

私の母は、平成に入ってまもなく認知症の症状が出て、その後20年ほど経ってからデイサービスへ通う生活となりました。認知症になった初期の困惑した時代はとっくに過ぎた昔のことで、大変なことがあっても我が家なりに楽しくやっていました。
そんなある日、それをはるかに上回る驚くほど楽しい生活に突然変わってしまったのです。このことは、私自身に起きた奇跡と言ってもいいかもしれません。

それは母が91歳で他界する2年ほど前のある日、認知症の母に対する私の見方が180度変わって楽しくなってしまうという、今から思っても本当に不思議な体験をしたのです。

 

見方を変えた気づき! 散らかしは「母のお仕事」

当時、その14年ほど前に夫が他界していた母は、既にそのことがよく理解できないほどの状態でした。
母が家に一人でいることにいよいよ危惧を抱き始めたころ、いよいよデイサービスのお世話になる決断に至ります。お蔭で母が昼間一人で過ごすこともなくなり、私達夫婦は、安心して職場に通えるようになったのです。大きな勇気を要した決断でしたが、これは本当に助かりました。
そんな安心できる毎日でしたが、私たちにはちょっと頭の痛いことが。それが、デイサービスセンターから帰った後で活発に展開される、いつもの散らかしでした。(笑)いくら認知症だからと理解してはいましたが、連日続くとなると、やっぱり大変です・・・。
ところがそんなある日、トイレで見たある光景が、私の心を一変させることになったのです。
なんと、トイレの掃除用ブラシと一緒に、ネギが、仲良く並んでいるではありませんか。(笑)
この光景を見た私が、「これはただの散らかしではない。母は何かの意志があってやっている・・・」と思った瞬間、母が毎日やっていた散らかしは「母のお仕事」だった! と、めでたく勘違い?したのです。(笑)
するとどうでしょう! 不思議なことに、あれほど嫌だった部屋中の散らかしが、私の頭の中で、ワクワクする楽しいものへと変わってしまいました。帰宅してすぐに「母のお仕事」の写真を撮ることが、私の楽しい楽しい日課となったのです。※写真は「母のお仕事 No.1トイレにねぎ」
この出来事こそ、「トッシーのハッピー介護」の始まりだったのです。

 

「ハッピー介護」ページ内「母のお仕事」

 

実は、変わったのは私だけではなかった! 

このことって、凄いことですよね!
目の前で起きていることは今までと全く同じ。何も変わってないんです。それなのに、私が母のやっていることを喜ぶようになったら、こんなにもハッピーな生活に変わってしまったのですから・・・。
見方が変わるって、ホントに凄いですね!
ところが、実はその後で、もっと凄いことが起きていたのです。
母の徘徊が、その日からなくなったんです。散らかしは「母のお仕事」だと気がついて、母への思いが180度変わってしまったら、驚いたことに、それまで続いていた母の徘徊がその日からなくなったのです。
これは、本当に嬉しい、母の驚きの変化でした。

 

見方が変わったら、すべてがハッピーに変わった、驚きの事実!

ここで、私の見方が変って楽しくなってしまったことが、どれくらい凄かったかをお伝えしましょう。
それは、母に認知症の症状が表れ、以来家族みんなが大変な思いをした長い期間のことが、私の頭からは嘘のようにスッカリ消えていたということです。
そのことに気が付いたのは、妻のmasaが母の介護体験をお話しする機会をいただいた時。その会場にいて話を聞いていた私は、当時の辛かったことを思い出したのか、話し始めたら涙が出て出て止まらなかったのです・・・。
これは、ハッピーになってからの2年間が、長い間にいっぱいあった辛いことを忘れさせてしまうほどの喜びや感動に包まれた、ホントに楽しい生活に変わってしまったということの証ではないでしょうか。
このことは、今考えても、本当に不思議でなりません。

現在、ご家族への介護で我が家より大変な思いをされておられる皆様に、ハッピーになった私が唯一お伝えできること、それは、認知症の母への見方が変わっただけで、それ迄とは比べようがないほど楽しくなってしまったという驚きの事実です。
このことだけでも知っていただき、皆様の介護生活に、何かの変化が少しでも起これば幸いです。

 

笑いヨガとの出会いと、講演活動のはじまり 

それ以来、母の散らかしに喜々として毎日カメラを向ける私に変わりました。そして1年後に開設したブログ「ついてるついてるハッピーライフ!」で、それらの写真を紹介しながら、認知症の母との愉快な生活を、妻のmasaと二人でお伝えするようなったのです。その後定年で退職した私は、それと同時に出会った笑いヨガの活動を始めるのですが、この笑いヨガとの出会いが、母とのハッピーな生活を皆様にお伝えすることに繋がったのです。
そんな生活が始まった頃、母はそれに合わせたように、91歳で天国へ・・・。
ブログの主人公を失った私は、突然楽しくなった秘密を表したDVDを制作して配るようになりました。大変な介護でも、自分の見方が変わることで楽しくなった事実を、これからも多くの皆様にお伝えしたかったからです。
早速このDVDを笑いヨガで出かけた先でお渡したことがご縁となり、平成23年(2011年)から、「トッシーのハッピー介護と笑いヨガ」としての活動が始まることになりました。
写真右は、笑いヨガの創設者でインド人医師の、マダン・カタリア博士。

 

2.認知症は、良くも悪くも「接し方」で変わる

私も昔は同じことをしていた、〝間違った対応〟

認知症の介護で私たちが肝に銘じなければならないこと、それは、接し方が本当に大切だということです。我が家の場合でも、接し方を変えただけでその後の展開が大きく変わったことを考えると、この接し方がいかに大切であったかが分かります。
以前お伺いした介護施設で、親御さんを介護されている方々との話し合いが行われた時、こんな発言に驚いたことがありました。それは、お母様を介護されているという息子さんの「同じ話ばかりするので、『同じことを何回も何回も言うな!』と叱ってやった!」と語気を強めて、さも自慢げに話された言葉でした。少なくとも、私にはそう思えたのです。
正直、最初の頃は、私にも同じようなことがあったと思います。それだけに、何回も同じことを繰り返されてつい叱りたくなるその息子さんお気持ちはよく分かります。でも、そうした対応が、お母様もご本人も、ますます苦しめることになることに、どうか気が付いていただきたいのです。
それも、できるだけ早い時期に・・・。


母と暮らす中で学んだ〝接し方の大切さ〟

我が家では幸いにも、妻のmasaが素晴らしい接し方をしてくれました。でも、決してそれが初めからできた訳ではありません。我が家に嫁いだmasaは、義母が早くから認知症になったことから、驚き、戸惑いながら、つらく泣きたい思いをいっぱい経験してきたのです。
そんな実生活で学んできたことで最も大きかったと思えるのが、母が安心できる「接し方」の存在でした。こちらの接し方によって、認知症の母は間違いなく変わっていたのです。
私たちの場合、早くからこのことに気づいて気をつけてきたお蔭で、家族はもちろん母も幸せだったことが、認知症になって25年以上経っても消えることがなかった、母の笑顔からも窺えたように思います。

 

接し方でこんなに変わる、masa 〝感動〟のエピソード

masaの接し方で本当に感動した、1つのエピソードをご紹介いたします。
ある朝、母の寝室からいい匂いがしてきたのです。(笑) 部屋へ入ると、なんと母の顔には〇〇〇がベタベタと塗られているではありませんか。ベッドの布団はもちろん、母の耳や口までそれが・・・。
そんな時に目にしたmasaの接し方には、もう感動しかありませんでした。
masaは困った様子も嫌な顔も見せず、そこには優しい笑顔まであったのです。
「お母さん、お風呂へ行こうかぁ~」というmasaのこの一言で、母の険しい表情はふぁ~っと和らいだのです。そして、「うん、行こう行こう」とばかりに、さっきまでの不安げな表情はどこかへ消え、軽い足取りで付いて行ったのです。

それを目の前で見た私は、もう、目が点でした。
さらに驚いたのは、母の手を取り、歩きながらやさしく歌った、童謡の「おかあさん」。この歌には、ちゃんとあるんですよね。お母さんはいい匂いがするよね~という、あのやさしい歌詞が。(笑)
認知症の人への接し方がいかに大切かを物語る、心底感動した光景でした。

 

家族みんなで取り組んだ、母が安心できる接し方 

我が家では、幸いにもmasaが本当によく母の介護をしてくれました。
そうとは言え、母が認知症になってからの我が家は、家族みんなが大変だったことも事実。そんな生活で大きかったのが、やっぱりmasaの存在でした。
看護師として忙しく働いていたmasaは、この難局を何とか良くしようといろいろ考えてくれたのです。母本人は勿論のこと、父や子供たちまで家族みんなが安心して暮らせる方法を、看護師としての経験や日々母を介護する中で学んだことを基に、私たちにいろいろと話してくれたのです。

「安心」を核とする接し方、「愛のある対応」

母の介護体験を話す中で、masaが大事だとして語った1つが、「安心」を核とする3つの接し方でした。
・母が安心できる「笑顔」で接する。
・母が安心できる「言葉」で接する。
・母が安心できる「仕草」で接する。

masaはこの3つのことを、「愛」のある対応として、以下の9つに分けて説明しています。
①同じ話でも、初めて聴いたように何度でも聞く。
➁忘れて思い出せないことは、混乱するので聞かない。
③否定しない。
④失敗した後に、落ち込ませない。
⑤悲しい思いをさせない。
⑥母が「幸せ~!」と思えることをする。
➆生きていて良かったと思えることをする。
⑧感情のコントロールができなくなったら、その場を離れて気分転換をする。
⑨母が「安心」できる環境をつくる。
このどれもが、認知症の母が穏やかに生活するために有効で、とても役立ったように思います。

 

子供たちも安心できた、感情のコントロール法

ここでは、介護ストレスが溜まるご家族にとって、とても大切な方法だと私が思っている、「⑧感情のコントロールができなくなったら、その場を離れて気分転換をする」ということについてお伝えしましょう。
母と対応する中で、感情的に限界を感じた時にmasaが採っていた行動は、母から離れた場所に行って、鏡の前に立って大声で叫ぶというものでした。そこで思い切り声を出して、気持ちがスッキリして落ち着いてから、再び母に接していたとか。
母の前で感情を露わにしたり、怖い表情になって叱ったりしてはダメなんですよね・・・。

そんなmasaが採っていた方法を、幼い娘に見られた時の愉快なエピソードがあります。
母と接していて限界を感じたある日、鏡に向かって感情を整えていた母の姿を、幼い娘に見られた時のこと。娘から、「おかあしゃんナニしてるの?」と問われたmasaは、さて何と言ったでしょう?
masaは娘に、「お母さんね、今、お顔の体操をしているんだよ」と話し、顔の表情をいろいろ動かした後で、娘と一緒に「ガーッ!」と大声で叫んで笑い合ったとか・・・。(笑)
そうして気分がスッキリしてから母に対面したのですが、同じ話でも何度も聞かなければいけないと話され苦痛に思っていた娘たちは、我慢できない時はその場から離れてもいいんだよ、と知らされたことで、とても気持ちが楽になったようでした。
我慢して表情に出したり、怒ったりしてはいけないんですね・・・。
「愛のある対応」の1つとして、母が認知症になって、思いがけないことが起きて混乱していた当時のmasaが実践していた、〝我慢ができない時〟の感情のコントロール法
これがとても役に立つと思った私は、講演会ではよくお話していました。

※イラスト:我が家の泣き笑いストーリー「トミスケとの旅 ~夜勤交代の巻~」

 

3.「接し方」は、見方が変れば自然に変わる

接し方が変わるポイントは、見方が変わることで生まれる「感情」の変化

私自身が体験したことで、とても重要なことが2つあります。
1つは、認知症の母に対する見方が、ある日突然変わったこと。決して努力して変えようとした訳ではないのに変わってしまったのです。そしてもう1つは、そのことによって、毎日が不思議なほど楽しい生活に変わってしまったという、この2つの事実です。
母への接し方もそれと同じで、見方が変わったら、接し方も変わっていた・・・ということで、決して努力して変えた訳ではないのです。
不思議ですよね。なぜそうなったのでしょう?
それは、母に対しての「感情」が、私の中で変化したからだと思っています。
母の行動には必ず意味があることに気が付いたことで、すべてが楽しくなった私が、母に対する接し方まで変わったことは、ごく自然なことではないでしょうか。
とはいえ、本来の姿とはスッカリ変わってしまった認知症の母。普通の会話はとても期待できず、やることも理解できない不思議なことが・・・。(笑)
困ることも多くなったそんな母に対して、驚いたことに私の頭の中には、なんと「可愛い!」という感情が生まれていたのです。これは、自分でもホントに不思議でした。
よく耳にしたことですが、認知症で別人に変わってしまった親を見て思う、悲しいとか辛いといった感情は、ナゼかこの私には生まれなかったのです。
人は「可愛い」と思った相手に対して、どんな接し方になるのだろう?
このことを考えれば、少しはご想像いただけるのではないでしょうか。

 

「楽しい、面白い、可愛い」と言う感情が、母への接し方を自然に変えた !

有り難いことに、今はネットで認知症の知識が簡単に得られるとても便利な時代です。接し方についてもいろいろ学ぶことができますが、実際にはそれが難しくできないこともあるのではないでしょうか? そんな時には、それを素直にできない複雑な思いの「感情」が、介護される方の心のどこかに残っているからだと思うのです。
親の介護でよく言われる、「親だから、育ててもらったから、恩返しだから」という道徳的な動機付けはもちろんありました。
でも私には、そのことよりも、「楽しい、面白い、可愛い」といったポジティブな感情に変わったことのほうが、接し方が変わることへの影響ははるかに大きかったように思えてなりません。
ある日突然やって来たハッピー介護は、苦労を無縁としてしまうような「感情」を私に届けてくれました。
まさに、ハッピー介護は、母からの素敵なプレゼントだったのです。
接し方は、認知症の親御さんに対する見方が変われば、自然に変わると思っています。
※写真は、「母のお仕事 No.22「フムフム、にゃーるほど!」

 

今では、こんな本まで出版されています

認知症は、接し方で100%変わる!
(吉田勝明著「認知症は100%接し方で変わる!」株式会社IDP出版 2017年12月発刊)

画像内の接し方を変えるには・・・見方を変える!」という言葉と、本の内容とは関係ありません。

 

思い出したい、忘れていた昔のこと・・・ 

認知症になって20年以上の長い期間が経っていたとは言え、ある日突然母への気持ちが大きく変わってハッピーになった私は、実際にはそんなことが難しいことを考えると、本当にラッキーでした。
次の3枚の画像は、講演会で使用していたスライドです。認知症になられた親御さんへの気持ちを整えるために、少しでもご参考いただければ幸いです。
私の場合、こんな思いもあったことが、ある日突然ハッピーにつながった要因かも知れません。

私たちは、誰しもが同じような経過を辿って現在に至っているのですが、変わってゆく親御さんを目の前にした時、なかなかそうは思えない気持ちもあるかもしれません・・・。
でも、今一度、こんな思いで親御さんを見られてはいかがでしょう?
親御さんへの見方が少しでも変われば、あなたの接し方は、きっと変わってくると思います。

 

因みに、masaの場合は?

ある時、「masaは本当によくやってくれたけど、あそこまでできたのは、ナゼ?」と聞いた時のmasaの答えが、これでした。

4.誰でもできる、「見方」を変えるヒント!

見方を変えることは誰でもできる!
接し方
が変わるヒントとして、見方を変えるということをお伝えしましたが、そんなこと簡単にはできない! と思われた方も多いのではないでしょうか?
そりゃ、そうですよね・・・。
実は私自身も、母に対する見方を変えようと思って変わったのではないのです。突然変わってしまった、というのが正直な話なんです。(笑)
なぜ私にはそういう不思議なことが起きたのでしょうか?

遺伝子研究の権威、筑波大学の村上和雄名誉教授によれば、眠っている遺伝子がスイッチ・オンする時があるとされています。それが、「笑い」「喜び」「感動」「感謝」「愛」「祈り」だと言われていて、私の場合はその中でも、特に「感動」が大きな作用をしたと思っています。
それがあの「トイレにねぎ」の光景を見た時で、これは「母のお仕事」なんだとものすごく感動したことで、眠っていたハッピーになる遺伝子がパッ!と目覚めた。その結果、認知症の母に対する見方が変わって、不思議なほどハッピーになったのかなあ~? と思ったりしています。(笑)

いつも心にあった、母への思いも・・・

それと、これも要因の1つと思っているのが、母と暮らす中で私の心にいつもあった、次のような思いです。
・母と一緒に楽しく暮らしたい。
・認知症になった母に関心を持つ。
・プラス思考を心がける。
・母に感謝の気持ちを持つ。
・やっぱり、自分の親だから・・・。
こんな思いも、母への見方を変えることに、大いに関係ありそうです。

とはいえ、これらは私に起きたこと。「そんな簡単に見方が変わることはない!」という声が聞こえてきそうですね。
そこで皆様にぜひ知っていただきたいことあります。それは、見方を変えることは誰でもできる! ということです。但し、その気になれば、ですが・・・。

 

見方を変えるヒント! 1 

私たちは、同時に2つの心は使えない

「見方を変えるなんて、そんな簡単にはできっこない!」とお考えの方に、ぜひご覧いただきたいのがこのイラストです。
さてあなたは、このイラスト、何に見えるでしょう?
うさぎ? 鳥にも見える! ですか?
そうですね。ほとんどの方が、この2種類見えることに気づかれます。
でも、うさぎと思ったらうさぎ、鳥と思ったら鳥に見てしまうんです。つまり、「私たちは、同時に2つの心は使えない」ということです。
だとすれば、認知症になられた親御さんの今の姿をそのまま受け入れ、その中で楽しいことやほめることを探すなど、ポジティブなことにあなたの心を使ったらどうでしょう? いいことに意識を向けたらどうでしょうか?
そうした習慣で、楽しいことがますます多く楽しくなり、ネガティブな思いは、その分小さくなるでことしょう。
つまり、私たちは目の前にいろいろあったとしても、自分が意識したものしか見ていないんですね。頭に入らないんですね。
ということは、「見方なんて簡単には変えられない!」と思ってしまった人は、その思った通りになってしまう・・・ということなんです。
見方を変えるための大きなヒントが、このことにありそうです。

あなたは、ちゃんと見えていますか?

私たちが、実は、自分が意識したものしか見ていないことを証明するピッタリの動画があります。
自分の意識・視力に自信がある方は、この動画をぜひご覧ください。さて、あなたはどうでしょうか?
《クイズ》
白と黒の服を着た選手が、バスケットボールの練習をしています。

「白」の服を着たチームの選手は、何回パスをしたのでしょうか?
●クリストファー・チャブリスとダニエル・シモンズによる認知度テスト。「錯覚の科学」ハーバード大学特別実験の動画です。selective attention test 1999

見方を変えるヒント! 2
望むことに意識を向け続けることで、見方は変わる!

見方は変えられることのヒントとなる言葉をご紹介しましょう。
この言葉をあるセミナーで知った時、思わず声が出て大きく頷き、強く感動したことを覚えています。なぜなら、母と暮らす中でいつも意識していたことと、まさに同じことを言っていたからです。
自分が望むことに、まず意識を向けること。
「見方を変える」ことの、第一歩ですね。
見方を変えて世界が変わった実話。見方を変えるヒントが、ここにもあります。

二人の男が監獄の窓から外を眺めた。
一人は泥を、他の一人は星を見た。

この言葉、後に作家となったアメリカの女性セルマ・トムソンが受け取った、父親からの手紙に書かれていたものです。
戦時中、夫の配属地近くへ引っ越したものの、過酷な環境に耐えかねたセルマ・トムソンが、「家に帰る。こんな所にいるぐらいなら、監獄の方がまだましだ!」と父親に送った手紙の返事が、たった2行のこの言葉だったとか・・・。
この手紙を何度も何度も読んで自分が恥ずかしくなった彼女は、今いる場所で良いものを探そうと見方を変えたことにより、それまでとはまったく別の世界を発見! その興奮した体験を基に小説を書いて、後に作家となったという感動の実話です。
(2行の言葉とそのエピソードは、D・カーネギー著「道は開ける」(創元社)の中で紹介されています)

 

5.母の願い、「ハッピー介護を社会に伝える」

医療者や介護職でない私が、ハッピー介護を伝えるわけ

時々不思議に思うことがあります。それは、医療者でも介護職でもない私が、認知症の母とのハッピーな介護生活を人様の前でお伝えできるようになったのは、いったいなぜっだったのか? と・・・。
確かに、笑いヨガの存在や、「こんな楽しい介護を知ってほしい」という私の気持ちも大きかったと思いますが、果たして、それだけでしょうか?
実は、こうなった背景には、認知症になった母の強い願いがあったからだと思っています。「楽しくなった我が家の生活を、多くの人に伝えてほしい」、という母の願いがあって私を応援している。1番は、これだと思っています。
私がそう感じるのは、例えば何かの問題が解決した時や嬉しいことが続いた時など、いつも感じていたのが、そんな母の願いとそれを伝える私を応援している母の姿だったからです。
そのことに初めて気がついたのは、母が他界した年。楽しかった介護をこれからもお伝えしたいと、皆様にお配りするためのDVDを編集していた時でした。慣れない作業で思うように進まない時でも、不思議と起きてくる偶然に何度も救われていたのです。
ただお伝えしたいだけの気持ちで始まった講演会でしたが、実は、そんな母の強い思いに支えられていたように思います。

 

1本のネギに込めた母の思い、「としお、気がつけよ!」

以前、ある放送局のラジオセミナーで、ハッピー介護のお話をさせていただいたことがありました。その中で、私がハッピーになるきっかけ「トイレにネギ」の「お仕事」をしている時の母の様子を、次のように語っていました。
としお、気がつけよ、気がつけよ・・・
そうなんです。母はこの私がネギに気がつけば、認知症の自分への見方が変わってハッピーになることを、きっと知っていたと思うんです。母はそのことを私に教えようと、「としお、気がつけよ!」と期待しながら、1本のネギをそ~っと置いたんでしょう。
なんか、ワクワクしませんか?
ある日突然楽しくなった秘密を人様にお伝えする活動は、認知症になった母が強く願っていたこと、といえるのではないでしょうか。

 

それぞれの家庭に、それぞれの介護がある 

講演会では、「トッシーはキレイごとだけ」「そんな気持ちになれるはずがない」と、厳しい指摘も受ける中、私がハッピーに変わった理由を真剣に考えるようになりました。そこで気がついたのが、家庭内での人様と私との違いでした。
我が家では、私が突然ハッピーになる前から、早くから認知症になった母を家族みんながよく理解していたのです。それが分かってからは、どこのご家庭にもそれぞれの介護の形があることを頭に入れ、楽しかったことだけでなく、忘れていた辛い日々にも触れるようになったのです。

 

「幸せな介護」は、あなたにもできる!  

あなたのイメージが、あなたの介護をつくる

私は、認知症になった母と25年もの長い間一緒に生活できて、本当に幸せだったと思っている男です。特に楽しくなったターニングポイントは、認知症の母に対する見方が変わったことでした。
そんな私は、まだまだネガティブな認知症の見方を変えて、介護も明るく考えましょう、希望のある高齢社会にしましょうと思っている一人です。なぜかと言えば、介護される方の頭にあるそのイメージによって、その後の介護生活が、よくも悪くも変わってしまうということが間違いなく起こるからです。

「認める」「楽しむ」「ほめる」

これは、認知症になられた方と接する時、介護される方にはぜひ心に留めていただきたい3つの言葉、「認める」「楽しむ」「ほめる」を表した3つのサークルです。もちろん他にも大切なことはあると思いますが、認知症になられた方も、介護される方も、お互いが楽しく生活できるための大切なポイントとして、私は特にこの3つを、「トッシーのハッピーサークル」と名付けて重要視しています。
そのために、認知症になられた方には、関心を持ちましょう! そして、無理しないで、まずはどれか1つだけでもチャレンジされることをおすすめします。
1つができれば、やがて他の2つもできるようになるでしょう! 私の場合は、母のやっている散らかしを「お仕事」だと思ったことで、なんと、この3つが同時にできてしまったというのが事実なんです。

 

ポジティブに考えましょう!

「認める」:認知症になられた方の今の姿を認めて、それを受け入れてはどうでしょう?  間違いやできないことがあっても、温かく支えましょう。きっと、双方とも心が安らいで、イキイキできるでしょう。

「楽しむ」:大変な介護でも、何かの楽しみを見つければ、あなたの気分は変わります。他での楽しい時間もおすすめです。楽しみを見つけてワクワクすれば、あなたの介護はきっと変わるでしょう。

「ほめる」:ほめることの大切さは、誰しもが知っています。それは介護についても同じ。探せば必ず見つかるいいところをほめれば、認知症の方は勿論、ほめたあなたもニコニコ笑顔になれるのです。

あなたが感じた「幸せな介護」を、社会に伝えましょう!

見方を変えて、少しでも「幸せ」を感じたなら、そこに「幸せな介護」があるのです。「幸せな介護」は、あなたにもできるのです。
そして、あなたが体験された幸せな介護を、今度は社会に伝えましょう。それが、ますます増えるであろう認知症介護を少しでも明るくし、これからの高齢社会に、希望の光を灯すことにつながります。


幸せな認知症介護社会への3つのステップ!

1.認知症のことを、正しく理解しましょう! 
2.笑顔になれるよう、自分が変わりましょう!
2.幸せな介護を、社会につたえましょう!

「介護に希望を」ページに、認知症についての情報サイトを集めています。

 

6.ハッピー介護で、一番お伝えしたいこと

私が変わった後で、母が変わりました

このサイトで一番知っていただきたいこと、それは、私がハッピーになったのは、母が変わったからではありません。その逆なんです。
私が母のすることを喜び楽しむように変わったら、その日から母の徘徊がなくなったのです。
つまり先に変わったのは私だったということなんです。
今までだったら不満に思っていた母の散らかしを見た私が、今度はそれを喜ぶようになった。その変わった様子を見た後で、今度は母が変わって、徘徊しなくなった・・・。
このことを、皆様はどう思われるでしょうか?
こういうことが私の身に起きたのです。これが事実、これこそ真理だということです。
皆様には、このことをぜひ知っていただきたいと思います。

 

見方が変われば、あなたは変わる。
あなたが変われば、介護が変わる。

これは、笑いヨガを考案されたインド人の医師マダン・カタリア博士の言葉「あなたが笑うと、あなたは変わる。あなたが変われば、世界が変わる」をもじって作った言葉です。笑いヨガと出会ったお蔭で、私の介護体験をお伝えできるようになったことを考えると、人生を変えた笑いヨガとの出会いには、本当に感謝です。
そして、出会いに感謝するという意味では、母が認知症になったこともそうかもしれません。ここでは書けませんが、これは当時から本当に思っていたことです。
私は、早くから認知症になった母には人生の悩みなどを相談することはできませんでしたが、母からは、身をもって人として大切なことをたくさん教わったように思います。見方を変えれば介護も変わって、こんなにもハッピーになれるということを、母は私に教えてくれたのです。
母には、本当に、感謝しかありません。

 

振り返れば、認知症の母との生活は、「幸せなひと時」

25年以上の長きに亘り、さまざまな出来事が展開された母との生活では、晩年のデイサービスなどによるお世話を除けば、もっぱら妻masaの力を頼ることになりました。とはいえ、定年退職してからの私も、母の介護に深く関わることになったのです。
今から思えば、この経験が、とても良かったと思います。特にある日突然ハッピーになったこともあって、大変だったと思える認知症の母との生活が、とっても幸せなことだと思えるようになったのですから・・・。
その意味では、私は本当にラッキーで、ツイていましたね。

世間では、実際には我が家以上に大変な思いで介護されている多くの皆様がおられることも、もちろん知っています。そんな私が介護について論じることはできませんが、それでも皆様にお伝えしたいことがあります。
それが、認知症になられた親御さんなどへの見方、気持ちの持ち方についてです。

自分が変わりましょう!

トッシーのハッピー介護でお伝えしたいことは、治癒が困難な認知症を治そう治そうとするよりも、その人が穏やかに過ごしてほしいという気持ちになられたほうが、介護される方は勿論、認知症の方にも笑顔が生まれ、共に明るく過ごせますよ、ということです。
認知症になられた親御さんなどに対して、今のままでいいんだよ! と見方を変えただけでも気持ちが楽になり、やがてはそれが幸せな介護へとつながることを、ぜひ知っていただきたいのです。
まずは、自分が変わりましょう!

 

トッシーのハッピー介護は、認知症になった母からのプレゼント! 

母トミスケと、妻masaに、心から感謝しています。

サンキューベリマッチ
トミスケ & masa