ある日、突然!

認知症の母との生活が、ある日突然楽しくなった「トッシーのハッピー介護!」 20年以上前から認知症だった母に、その時、何が起きたのでしょう?
実は、母は何も変わっておらず、変わったのはこの私でした。私が変わったことで、母との生活すべてが楽しくなったのです。
そんなハッピーな生活が誕生したきっかけとなった驚きな体験や、大変だけどとっても愉快な生活を知っていただくことで、認知症に対する見方が変わり、少しでも楽しくラクな介護となるヒントを発見していただければ幸いです。

 

 

ハッピー介護物語 

1985年ごろ
母に軽度認知障害(MCI)が認められる。
その後、私たち夫婦が誰だか分からなくなったことに大きな衝撃を受け、母の認知症を自覚する。

1999年
父が他界するが、そのことも不明瞭な中3か月間に亘り、母が一度も口にしたこともない家族への思い「トミスケの詩」を書き残す。
2004年~
夫婦共働きで家を空ける生活の中、母が1人で過ごすことに危険を感じるようになり、デイサービスのお世話になる。
2008年~
私トッシーが突然楽しくなり、それ迄とは比較にならないほど愉快な生活「トッシーのハッピー介護」が誕生する。
2010年
母トミスケが、突然天国へ旅立つ。その年末に、2年間書いてきたブログを基に生まれたDVD、トッシーのハッピー介護「サンキューベリマッチ・トミスケ『母のお仕事」を製作して配布。これがきっかけとなり、前年に始めた笑いヨガと共にハッピーな介護の講演活動を開始する。
※参考 同年製作の自作DVD「サンキューベリマッチ・トミスケ『母のお仕』」の YouTubeバージョン。


目 次

ハッピー介護はある日突然やって来た!

2.認知症は良くも悪くも「接し方」で変わる

3.「接し方」は見方が変れば自然に変わる

4.誰でもできる「見方」を変えるヒント!

5.「ハッピー介護」は母の願い!

6.ハッピー介護でお伝えしたいこと

7.番外編 enjoy!

1.ハッピー介護はある日突然やって来た!

衝撃だった、認知症になった母との出会い

「あんたら、誰やな?」
玄関前で母が口にしたこの言葉に一瞬驚き、思わず顔を見合わせた私たちでした。思えがこれが、母の異常に初めて気がついた、真顔で私たちの顔を眺めて言った母の言葉だったのです。
私たちが誰だか分からないことから始まった、認知症の母との生活。そんな毎日が、ある日突然楽しくなった「トッシーのハッピー介護」が生まれる、それより更に20年以上も前の、忘れられない衝撃的な出来事でした。

認知症の母に対する見方が変わった瞬間!
私の母は、平成に入ってまもなく認知症の症状が出て、その後20年ほど経ってからデイサービスへ通う生活となりました。認知症になった初期の困惑した時代はとっくに過ぎた昔のことで、大変なことがあっても我が家なりに楽しくやっていました。
そんなある日、それをはるかに上回る驚くほど楽しい生活に突然変わってしまったのです。このことは、私自身に起きた奇跡と言ってもいいかもしれません。

それは母が91歳で他界する2年ほど前のある日、認知症の母に対する私の見方が180度変わって楽しくなってしまうという、本当に不思議な体験をしたのです。

 

見方を変えた気づき!「 散らかしは『母のお仕事』」
当時、その14年ほど前に夫が他界していた母は、既にそのことがよく理解できないほどの状態でした。母が家に一人でいることに危惧を抱き始めたころ、いよいよデイサービスのお世話になる決断に至ります。お蔭で母が昼間一人で過ごすこともなくなり、私達夫婦は安心して職場に通えるようになったことから、大きな勇気を要した決断でしたが本当に助かりました。
そんな安心できる毎日でも、私たちにはちょっと頭の痛いことが。それが、デイサービスセンターから帰った後で活発に展開される、いつもの散らかしでした(笑)。母は認知症だからと理解してはいましたが、連日続くとなると、やっぱり大変です・・・。
ところがそんなある日、トイレで見たある光景が、私の心を一変させることになったのです。
なんと、トイレの掃除用ブラシと一緒に、ネギが仲良く並んでいるではありませんか(笑)。
そんな光景を見た私が、「これはただの散らかしではない。母は何かの意志があってやっている・・・」と思った瞬間、母が毎日やっていた散らかしは「母のお仕事」だった!と、めでたく勘違い?したのです(笑)。

するとどうでしょう! 不思議なことに、あれほど嫌だった部屋中の散らかしが、私の頭の中でワクワクする楽しいものへと変わってしまいました。そして帰宅してすぐに「お仕事」の写真を撮ることが、私の楽しい楽しい日課となったのです。
この出来事こそ、「トッシーのハッピー介護」の始まりとなりました。

 

当時の私は、ナゼこんなに楽しくなってしまったのか全く考えたことなどありませんでしたが、講演の機会をいただくようになってから、私の話を聞かれた方から質問を受けたのです。「トッシーさんは、何故突然楽しくなったのですか?」 もちろん、私は何も答えようもありませんでしたので、ただ「・・・? なぜ・・・か楽しくなってしまったのです・・・」(笑)(笑)(笑)
それ以来、楽しくなった理由も私なりに考えお話するようになりました。上が、現在使用しているパワーポイントの画像です。

 

見方が変わったらすべてがハッピーに変わった、驚きの事実!
ここで、私の見方が変って楽しくなってしまったことが、どれくらい凄かったかをお伝えしましょう。
それは、母に認知症の症状が表れて以来、家族みんなが大変な思いをした長い期間のことが、私の頭からは嘘のようにスッカリ消えていたということです。そのことに気がついたのは、妻のmasaが母の介護体験をお話しする機会をいただいた時。その会場にいて話を聴いていた私は、当時のことを思い出したのか、聴き始めたら涙が出て出て止まらなかったのです・・・。
これは、ハッピーになってからの2年間が、長い間にいっぱいあった辛いことを忘れさせてしまうほどの喜びや感動に包まれた、ホントに楽しい生活に変わってしまったということの証ではないでしょうか。
このことは、今考えても、本当に不思議でなりません。

現在、ご家族の介護で我が家より大変な思いをされておられる皆様に、ハッピーになった私が唯一お伝えできること、それは、認知症の母への見方が変わっただけで、それ迄とは比べようがないほど楽しくなってしまったという驚きの事実です。
このことだけでもぜひ知っていただき、皆様の介護生活に何かの変化が起こるキッカケとなれば幸いです。

 

笑いヨガとの出会いと、講演活動のはじまり
それ以来、母の散らかしに喜々として毎日カメラを向ける私に変わりました。そして1年後に開設したブログ「ついてるついてるハッピーライフ!」で、それらの写真を紹介しながら、認知症の母との愉快な生活を妻のmasaと二人でお伝えするようなりました。その後定年で退職した私は、それと同時に出会った笑いヨガの活動を始めるのですが、この笑いヨガとの出会いが母とのハッピーな生活を皆様にお伝えすることに繋がったのです。
そんな生活が始まった頃、母はそれに合わせたように、91歳で天国へ・・・。
ブログの主人公を失った私は、突然楽しくなった秘密を表したDVDを制作して配るようになりました。大変な介護でも、自分の見方が変わることで楽しくなった事実を、母の他界後もお伝えしたかったからです。
早速このDVDを笑いヨガで出かけた先でお渡したことがご縁となり、平成23年(2011年)から「トッシーのハッピー介護と笑いヨガ」としての講演活動に恵まれることになりました。 ※画像は、当時使用していたご案内用チラシの一部です。

 

2.認知症は良くも悪くも「接し方」で変わる

昔は、私も同じことをしていた〝不適切な対応〟
認知症の介護で私たちが肝に銘じなければならないこと、それは、接し方が本当に大切だということです。我が家のいろんな場面でも、接し方を変えただけでその後の展開が大きく変わったことを考えると、この接し方がいかに大切であるかが分かります。
以前お伺いした介護施設で、親御さんを介護されている方々との話し合いの場で、こんな発言に驚いたことがありました。それは、お母様を介護されているという息子さんの「同じ話ばかりするので、『同じことを何回も何回も言うな!』と叱ってやった!」と、さも自慢げに話された言葉でした。少なくとも、私にはそう思えたのです。
正直、最初の頃は、私にも同じようなことがあったと思います。それだけに、何回も同じことを繰り返されてつい叱りたくなるその息子さんお気持ちはよく分かります。でもそうした対応が、お母様は勿論、ご本人もますます苦しめることになることに、できるだけ早く気が付いていただきたいのです。

母と暮らす中で学んだ〝接し方の大切さ〟

我が家では、幸いにも看護師をしている妻のmasaが素晴らしい接し方をしてくれました。でも、決してそれが初めからできた訳ではないのです。我が家に嫁いだmasaは、義母が早くから認知症になったことから、驚き、戸惑いながら、つらく泣きたい思いも経験してきたのです。
そんな実生活の中での気づき、学んだことで最も大きかったのが、母が安心できる「接し方」の存在でした。こちらの接し方によって、認知症の母は間違いなく変わっていたのです。私たちの場合、このことに早くから気づいていたお蔭で、家族はもちろん母も幸せだったことが、認知症になって25年以上経っても消えることがなかった母の笑顔からも窺えたように思います。

 

接し方でこんなに変わる、masa 感動のエピソード
masaの接し方で本当に感動した、1つのエピソードをご紹介いたします。
ある朝、母の寝室からい~い匂いがしてきたのです(笑)。 部屋へ入ると、なんと母の顔には〇〇〇がベタベタと塗られて?いるではありませんか。ベッドの布団はもちろん、母の耳や口までそれが・・・。
そんな時に目にしたmasaの接し方には、もう感動しかありませんでした。
masaは困った様子も嫌な顔も見せず、むしろ笑顔で「お母さん、お風呂へ行こうかぁ~!」と。masaのこの一言で、険しかった母の表情はふぁ~っと和らいだのです。そして、「うん、行こう行こう」とばかりに、軽い足取りでついて行ったのです。

それを目の前で見た私は、もう、目が点でした。
さらに驚いたのは、母の手を取り、歩きながらやさしく歌った童謡の「おかあさん」。この歌には、ちゃんとあるんですよね。お母さんはいい匂いがするよね~という、あのやさしい歌詞が(笑)。
認知症の人への接し方がいかに大切かを思い知らされた、心底感動した光景でした。

 

家族みんなで取り組んだ、母が安心できる接し方
我が家では、幸いにもmasaが本当に素晴らしい母の介護をしてくれました。
そうとは言え、母が認知症になってからの我が家は、家族みんなが大変だったことも事実。そんな生活で大きかったのが、やっぱりmasaの存在でした。看護師として忙しく働いていたmasaは、母本人は勿論のこと、父や子供たちまで家族みんなが安心して暮らせる方法を、看護師としての知識や経験、日々母を介護する中で学んだことを基に、私たちにいろいろと話してくれたのです。

 

「安心」を核とする接し方「愛のある対応」

masaが母の介護体験をお話する中で大事なこととして語っていた1つが、「安心」を核とする3つの接し方でした。
・母が安心できる「笑顔」で接する。
・母が安心できる「言葉」で接する。
・母が安心できる「仕草」で接する。

masaはこの3つのことを「愛」のある対応として、以下の9つに分けて説明しています。
①同じ話でも、初めて聴いたように何度でも聞く。
➁忘れて思い出せないことは、混乱するので聞かない。
③否定しない。
④失敗した後に、落ち込ませない。
⑤悲しい思いをさせない。
⑥母が「幸せ~!」と思えることをする。
➆生きていて良かったと思えることをする。
⑧感情のコントロールができなくなったら、その場を離れて気分転換をする。
⑨母が「安心」できる環境をつくる。
このどれもが、認知症の母が穏やかに生活するために有効で、とても役立ったことは間違いありません。

 

子供たちも安心できた、感情のコントロール法
ここでは、介護ストレスが溜まるご家族にとって、とても有効だと思っている「⑧感情のコントロールができなくなったら、その場を離れて気分転換をする」ということについてお伝えしましょう。
母と対応する中で、感情的に限界を感じた時にmasaが採っていた行動は、母から離れた場所に行って、鏡の前に立って大声で叫ぶというものでした。そこで思い切り声を出して、気持ちがスッキリして落ち着いてから再び母に接していたとか。
母の前で感情を露わにしたり、怖い表情になって叱ったりしてはダメなんですよね・・・。

そんなmasaが採っていた方法を、幼い娘に見られた時の愉快なエピソードがあります。
母と接していて限界を感じたある日、鏡の前で感情を整えていた母を見た娘から、「おかあしゃんナニしてるの?」と問われたmasaは、さて何と言ったでしょう?
masaはその時、娘に「お母さんね、今、お顔の体操をしているんだよ」と話し、顔の表情をいろいろ動かした後で、娘と一緒に「ガーッ!」と大声で叫んで笑い合ったとか・・・(笑)。 そうして気分がスッキリしてから母に対面したのですが、同じ話でも何度も聞かなければいけないと言われて苦痛に思っていた娘たちは、我慢できない時はその場から離れてもいいんだよ、と知らされたことで、とても気持ちが楽になったようでした。
我慢して表情に出したり、怒ったりしてはいけないんですね・・・。
「愛のある対応」の1つとして、母が認知症になって思いがけないことが起きて混乱していた当時のmasaが実践していた、〝我慢ができない時〟の感情のコントロール法。家で介護されておられる方にはこれがとても役に立つと思った私は、講演会でもよくお話していました。※ストレス発散の参考になるメソッド!「ジブリッシュ」
※イラスト:我が家の泣き笑いストーリー「トミスケとの旅 ~夜勤交代の巻~」

 

3.「接し方」は見方が変れば自然に変わる

接し方が変わるポイントは、見方が変わることで生まれる「感情」の変化
私自身が体験したことで、特筆すべきことが2つあります。
1つは、認知症の母に対する見方が、ある日突然変わったこと。しかも、決して努力して変えようとした訳ではないのに変わってしまったことです。そしてもう1つは、見方が変わっただけで、毎日が不思議なほど楽しい生活に変わってしまったという、この2つの事実です。
母への接し方もそれと同じで、見方が変わったら、接し方も変わっていた・・・ということで、決して努力して変えた訳ではないのです。
不思議ですよね。なぜそうなったのでしょう?

それは、母に対しての「感情」が、私の中で変化したからだと思っています。母の行動には必ず意味があることに気がついてすべてが楽しくなった私が、母に対する接し方まで変わったことは、ごく自然なことのように思えるのです。
とはいえ、本来の姿とはスッカリ変わってしまった認知症の母。普通の会話はとても期待できず、やることも理解できない不思議なことが(笑)。困ることも多くなったそんな母に対して、驚いたことに私の頭の中には、なんと「可愛い!」という感情が生まれていたのは事実。これは、自分でもホントに不思議なことでした。
よく耳にしたことですが、認知症で別人に変わってしまった親を見て思う悲しいとか辛いといった感情は、ナゼかこの私には生まれなかったのです。
人は、「可愛い」と思った相手に対しては、どんな接し方に? このことを考えていただければ、少しはご想像いただけるのではないでしょうか?

 

「楽しい、面白い、可愛い」で、母への接し方が自然に変わった !
有り難いことに、今はネットで認知症の知識が簡単に得られるとても便利な時代です。接し方についてもいろいろ学ぶことができますが、実際にはそれができないことも・・・。それはきっと、素直に実践できない複雑な「感情」が、介護される方の心に残っているからでしょうか?
親の介護でよく言われる、「親だから、育ててもらったから、恩返しだから」という道徳的な動機付けはもちろんありました。でも私には、そのことよりも「楽しい、面白い、可愛い」といったポジティブな感情が生まれたことのほうが、接し方が変わることへの影響は大きかったように思えてなりません。
ある日突然やって来たハッピー介護は、苦労と無縁になるような「感情」を私に届けてくれました。ハッピー介護は、認知症の母からの素敵なプレゼントだったのです。
接し方は、認知症の親御さんに対する見方が変われば、自然に変わると思っています。
※写真は、「母のお仕事」写真の1枚

 

今では、こんな本まで出版されています

認知症は、接し方で100%変わる!
(吉田勝明著「認知症は100%接し方で変わる!」株式会社IDP出版 2017年・2021年発刊)この画像に書かれている「見方を変えれば…接し方が変わる!」という言葉は本からの引用ではありません。

接し方を変えられない方のために

忘れていた昔のことを思い出してみよう!
私の場合、以下の3枚の画像のような思いで生活していたことが、ある日突然ハッピーになった要因の一つとも思っています。
誰もが、生まれて以来親御さんに育てられながらも、それぞれが様々な人生を送って現在に至っています。そのため、認知症になって変わりゆく今の親御さんの姿を目した時も、やはり人それぞれいろいろな思いがあって当然でしょう。
ただ今一度、ここにあるような思いで親御さんを見ることも忘れないでいただきたいのです。親御さんへの見方が少しでも変われば、あなたの接し方も変わると思うからです。そうした生活で出会えるのは、あなたが思いもよらなかった「幸せな介護」かもしれません・・・。
 




ちなみに、masaの場合は?
ある時、「masaは本当によくやってくれたけど、あそこまでできたのは、ナゼ?」と聞いた時のmasaの答えが、これでした。

4.誰でもできる「見方」を変えるヒント!

見方を変えることは誰でもできる!
接し方が変わるヒントとして、見方を変えるということをお伝えしましたが、そんなこと簡単にはできない! と思われる方も多いのではないでしょうか?
実は私自身も、母に対する見方を変えようと思って変わったのではないのです。突然変わってしまった、というのが正直な話なんです(笑)。
なぜ私にはそういう不思議なことが起きたのでしょうか?

遺伝子研究の権威、筑波大学の村上和雄名誉教授によれば、眠っている遺伝子がスイッチ・オンする時があるということです。それが、「笑い」「喜び」「感動」「感謝」「愛」「祈り」だと言われていて、私の場合はその中でも、特に「感動」が大きな作用をしたと思っています。
それがあの「トイレにねぎ」の光景を見た時で、これは「母のお仕事」なんだとものすごく感動したことにより、眠っていたハッピーになる遺伝子がパッ!と目覚めた。その結果、認知症の母に対する見方が変わって、不思議なほどハッピーになったのかなあ~? と思ったりしています(笑)。

いつも心にあった、母への思いも・・・
それと、これも要因の1つと思っているのが、母と暮らす中で私の心にいつもあった、次のような思いです。
・母と一緒に楽しく暮らしたい。
・認知症になった母に関心を持つ。
・プラス思考を心がける。
・母に感謝の気持ちを持つ。
・やっぱり、自分の親だから・・・。
こんな思いも、母への見方が変わったことに大いに関係ありそうです。
それと、今から思えば以下のことも恵まれていたと思います。
・介護職としての介護ではないこと。
・親の介護ができる環境だったこと。
・もちろん今問題の
ヤングケアラーでもないこと。
※ヤングケアラーの問題についてはこちらで

とはいえ、これらは私に起きたこと。「そんな簡単に見方が変わることはない!」という声が聞こえてきそうですね。
そこで皆様にぜひ知っていただきたいことがあります。それが、その気になれば見方を変えることは誰でもできる! ということです。

 

    見方を変えるヒント! 1

同時に2つの心は使えない!
「見方を変えるなんて、そんな簡単にはできっこない!」と思われた方に、ぜひご覧いただきたいのがこのイラストです。
さてあなたはこのイラスト、何に見えるでしょう?「うさぎ?」「え~っ、鳥でしょ?」「ちょっと待って! コレ、どちらにも見えるよ・・・」

そうですね。ほとんどの方が、この2種類見えることに気づかれます。でも、うさぎと思ったらうさぎに、鳥と思ったら鳥に見てしまうんです。つまり、「私たちは、同時に2つの心は使えない」ということなんです。

だとすれば、認知症になられた親御さんの今の姿をそのまま受け入れ、その中で楽しいことやほめることを探すなど、ポジティブなことにあなたの心を使ったらどうでしょう? いいことに意識を向けたらどうでしょうか? そうした習慣で、楽しいことがますます多く楽しくなり、ネガティブな思いは、その分小さくなるでことでしょう。
つまり、私たちは目の前にいろいろあったとしても、自分が意識したものしか見ていないということなんです。頭に入らないんですね。
自分は「絶対に見方なんて変えられない!」と思っている人は、残念ながらその思い通りになってしまいます。ですから、見方を変えたい!と思った人は、「そうか、私でも見方は変えらるんだ!」とまず意識することが、見方を変えるための第一歩。
見方を変えるための大きなヒントが、このここにありそうです。

あなたは、ちゃんと見えていますか?
私たちが、実は、自分が意識したものしか見ていないことを証明するピッタリの動画があります。
自分の意識・視力に自信がある方は、この動画をぜひご覧ください。さて、あなたはどうでしょうか?(回答まで45秒)

動画を観てクイズにチャレンジ!

白と黒の服を着た選手が、バスケットボールの練習をしています。「白」の服を着たチームの選手は、何回パスをしたのでしょうか?

●クリストファー・チャブリスとダニエル・シモンズによる認知度テスト。「錯覚の科学」ハーバード大学特別実験の動画です。selective attention test 1999

    見方を変えるヒント! 2   

見方の「フィルター」を変えて見る
見方は変えられることのヒントとなる言葉をご紹介しましょう。
この言葉をあるセミナーで知った時、思わず声が出て大きく頷き、強く感動したことを覚えています。なぜなら、母と暮らす中でいつも意識していたことと、まさに同じことを言っていたからです。
見方は一つだけではなく色々な見方ができるフラットな状態。であれば、自分が望む「フィルター」、楽しくなる「フィルター」に思い切って変えてはいかがでしょうか? それが「見方を変える」第一歩なんですね。
以下は、見方を変えて世界が変わった実話でです。見方を変える大きなヒントが、ここにもありそうです。

二人の男が、監獄の窓から外を眺めた。
一人は泥を、他の一人は星を見た。
この言葉、後に作家となったアメリカの女性セルマ・トムソンが受け取った、父親からの手紙に書かれていたものです。
戦時中、夫の配属地近くへ引っ越したものの、過酷な環境に耐えかねたセルマ・トムソンが、「家に帰る。こんな所にいるぐらいなら、監獄の方がまだましだ!」と父親に送った手紙の返事が、たった2行のこの言葉だった・・・。
この手紙を何度も何度も読んで自分が恥ずかしくなった彼女は、今いる場所で良いものを探そうと見方を変えたことにより、それまでとはまったく別の世界を発見! その興奮した体験を基に小説を書いて、後に作家となったという感動の実話です。(この話は、D・カーネギー著「道は開ける」(創元社)の中で紹介されています)※父親からの手紙がダウンロードできます。 自分が変われば、世界が変わる! セルマ・トムソンの実話

 

5.「ハッピー介護」は母の願い!

医療者や介護職でない私がハッピー介護を伝えるわけ
時々不思議に思うこと。それは、医療者でも介護職でもない私が、認知症の母とのハッピーな生活を人様の前でお伝えできるようになったのはなぜだろう?と・・・。
実は、こうなった背景には、認知症になった母の強い願いがあったからではないかと思っています。
私がそう思うのは、何かの問題が解決した時や嬉しいことが続いた時などにいつも感じていたのが、私を応援している母の姿だったのです。
そのことに初めて気がついたのは、母が他界した年。楽しかった生活をこれからもお伝えしたいと、皆様にお配りするためのDVDを編集していた時でした。慣れない作業で思うように進まない時でも、不思議と起きてくる偶然に何度も救われていたのです。
動画編集の経験がない私がDVDを作り、それをお配りしたことから始まった講演会も、今から思えば母の強い思いに後押しされていたのです。

 

ネギに込めた母の思いは?
以前、ある放送局のラジオセミナーで、トッシーのハッピー介護のお話をさせていただいたことがありました。その中で、私がハッピーになるきっかけ「トイレにネギ」の「お仕事」をしている時の母の様子を、次のように語っていました。
「としお、気がつけよ、気がつけよ・・・」
そうなんです。母はこの私がネギに気がつけば、認知症の見方が変わってハッピーになることを、きっと知っていたと思うんです。母はそのことを私に教えようと、「としお、気がつけよ!」と期待しながら、1本のネギをそ~っと置いたんでしょう。
なんか、ワクワクしませんか?

ある日突然楽しくなった秘密を人様にお伝えする私の活動は、認知症になった母が強く願っていたこと、と言えるのではないでしょうか。勿論、確認することはできませんので、勝手にめでたくそう思っていますが。(笑)

 

あなたのイメージが、あなたの介護をつくる
私は、認知症になった母と25年もの長い間一緒に生活できて、本当に幸せだったと思っている男です。特に楽しくなったターニングポイントは、認知症の母に対する見方が劇的に変わったことでした。
そんな私は、介護も明るく捉えてほしいなぁ~と願っている一人です。なぜかと言えば、介護する側の頭にあるそのイメージによって、その後の介護が良くも悪くも変わってしまうからです。

 

心に留めたい 3つの言葉
これは、認知症になられた方と接する時、介護される方にはぜひ心に留めていただきたい3つの言葉、「認める」「楽しむ」「ほめる」をまとめた図です。もちろん他にも大切なことはあると思いますが、認知症になられた方も介護される方も、お互いが楽しく生活できるための大切なポイントとして、私はこの3つの言葉を「トッシーのハッピーサークル」と名付けて重要視しています。
「認める」 認知症になられた方の今の姿を認めて、それを受け入れてはどうでしょう?  間違いやできないことがあっても、温かく支えましょう。きっと、双方とも心が安らいでイキイキできるでしょう。
「楽しむ」 大変な介護でも何かの楽しみを見つければ、あなたの気分は変わります。他での楽しい時間もおすすめです。楽しみを見つけてワクワクすれば、あなたの介護はきっと変わるでしょう。
「ほめる」 ほめることの効果は誰でも知っています。それは介護についても同じ。探せば必ず見つかるいいところをほめれば、認知症の方は勿論、ほめたあなたもニコニコ笑顔になれるでしょう。

この3つができるためにも、認知症になられた方には関心を持ちましょう! そして無理しないでまずはどれか1つだけでもチャレンジされてはいかがでしょう。1つができれば、やがて他の2つもできるようになります。 私の場合は、母のやっている散らかしを「お仕事」だと思って楽しくなったことで、なんと、この3つが同時にできてしまったようです。

 

6.ハッピー介護でお伝えしたいこと

私が変わった後で、母が変わりました!
このサイトで一番知っていただきたいこと、それは、私がハッピーになったのは、母が変わったからではありません。その逆なんです。
私が母のすることを面白いと思い、喜んだり楽しむように変わったら、その日から母の徘徊がなくなったのです。
つまり先に変わったのは私だったということ。勿論その陰には、masaの存在が大きく作用したことは間違いないですね。
このことを、皆様はどう思われたでしょうか? こういうことが突然私の身に起きたのです。これが我が家で起きた事実なんです。
母のすることを喜ぶ私に変わったら母が変わった! 皆様には、このことをぜひ知っていただきたいと思います。

 

見方が変われば、あなたは変わる。あなたが変われば、介護が変わる。
これは、笑いヨガを考案されたインド人の医師マダン・カタリア博士の言葉「あなたが笑うと、あなたは変わる。あなたが変われば、世界が変わる」をもじって作った言葉です。笑いヨガと出会ったお蔭で、私の介護体験をお伝えできるようになったことを考えると、人生を変えた笑いヨガとの出会いには感謝ですね。
そして、出会いに感謝するという意味では、母が認知症になったこともそうかもしれません。ここでは書けませんが、これは当時からずっと思っていたことです。勿論そのことだけでなく、見方を変えることの大切さ、素晴らしさを私に教えてくれたのですから・・・。
トッシーのハッピー介護は、認知症の母からの素敵なプレゼントでした! 母の認知症には本当に感謝しています。

 

振り返れば、認知症の母との生活は「幸せなひと時」
25年以上の長きに亘り、さまざまな出来事が展開された母との生活では、晩年のデイサービスなどを除けば、もっぱら妻masaの力を頼ることになりました。とはいえ、定年退職してからの私も、母の介護に深く関わることができました。
今から思えば、この経験がとても良かったと思っています。特に、ある日突然ハッピーになったこともあって、大変だったと思える認知症の母との生活が、とっても幸せなことだと思えるようになったのですから・・・。

世間では、実際には我が家以上に大変な思いで介護されている多くの皆様がおられることも、もちろん知っています。そんな私が介護について論じることはできませんが、それでも皆様にお伝えしたいことがあります。
それが、認知症になられた親御さんへの見方、気持ちの持ち方についてです。

自分が変わることの大切さ。
トッシーのハッピー介護でお伝えしたいことは、治癒が困難な認知症の場合、それを治そう治そうとするよりも、その人が穏やかに過ごしてほしいという気持ちになられたほうが、介護される方は勿論、認知症の方にも笑顔が生まれ、共に明るく過ごせるのではないでしょうか? ということです。
認知症になられた親御さんに対して、今のままでいいんだ・・・ と見方を変えただけでも気持ちが楽になり、やがてはそれが幸せな介護、そして幸せな認知症へとつながることを、ぜひ頭に入れていただきたいのです。
まずは、自分が変わることの大切さに気づいていただければ幸いです。

希望を持ちましょう!
堀田秀吾著「考えすぎない人の考え方」によれば、ラクなことや嬉しいことばかりを経験する人よりも、さまざまな感情がわきあがる経験をする人の方が幸福度が高いということが、スペインのポンペウ・ファブラ大学での37,000人の調査で分かったそうです。我が家の場合でも、大変な時代があったからこそ「幸せな介護」が見つかったかもしれませんね。
日夜介護に追われるあなたにも、「幸せな介護」がきっと訪れます。希望を持ちましょう!

 

 

 

 

母トミスケと妻masaに、心から感謝しています。

サンキューベリマッチ
トミスケ & masa

 

 

 

7.番外編 enjoy!

ここでは番外編として、「ハッピー介護」に関係のある歌や動画を集めました。観るたび聴くたびに当時のことを思い出したり、忘れかけた優しい気持ちになれる大好きなものばかりです。

 

イスラエル・カマカヴィヴォオレ 虹の彼方に 
母が脳出血で入院し、退院後にはいつも車椅子が必要な生活となりましたりました。それに合わせて母の寝室も移動。そのお陰か、母が他界するまでの多くの時間をその部屋で一緒に過ごすことになりました。そんな部屋で当時気に入っていつも流していたのがこの歌で、今もこの歌を聴くと必ずその当時の母を思い出す曲となりました。

若者たち ザ・ブロード・サイド・フォー
大正生まれの母の愛唱歌は
、以外にも「若者たち」で、デイサービスでもよく歌っているとのこと。確かに親戚の家に行った時も「皆さん、いいですか?」と言っては身を乗り出して歌っていたことも(笑)。もちろん家でも歌います。
そんな母がだんだん歌わなくなり、「歌ってよ」と歌詞を書いた紙を渡すと、また歌ったり。それでもだんだん遠ざかり、歌詞の文字を大きくすると、また歌い出します。でもやがて、まったく歌わなくなりました・・・。
ハッピーになってからは、すべてが楽しくなった母との生活で唯一寂しかったことが、この歌を歌わなくなった瞬間でした・・・。

若者たち 森田健作
この歌、もっぱら耳にしていたのはザ・ブロード・サイド・フォーが歌った「若者たち」でしたが、講演会でもそのお話をするようになって気がついてことが、この歌をかけるとシンミリし過ぎで暗くて重い雰囲気になるんです。ハッピー話なのにこれは・・・。
そんな頃耳にしたのが、森田健作が歌うこの歌でした。うん、こちらの方が明るくていいと勝手に思って、その後はもっぱらこちらを流してきました。

樋口了一 / 手紙 ~親愛なる子供たちへ~(リリックムービー制作:中野裕之)
これは、何回か講演会でもご一緒した講師の方が、壇上で紹介されて初めて聴いた歌です。私自身も母親との思い出もありとても感動し、当時は家でもよく聴いていました。その講師の方ご自身の介護体験を話された時に流れた、まさに介護を題材にしたピッタリの歌だけに、会場の雰囲気もしんみりとしてとても感動したことを覚えています。

泣ける感動ムービー「僕を支えた母の言葉」
これは野口嘉則さんが2008年に製作されたムービーで、私が2010年に製作したDVDは、これを観たことで「自分も作りたい」と、まったく未経験な動画編集と奮闘するきっかけになったものです。

 

福島正伸 人であふれた駐車場

Validation(承認)日本語字幕付きフルバージョン

桜よ ~大好きな日本へ~  

宮城まり子 2013